内観された方の声

軽度発達障害者の不安

いじめっ子との和解

身体の病を患い回復はしたものの、社会復帰に不安を感じたので来所された40代男性の体験談です。
軽度の発達障害児は、生まれたときから対人関係に困難さを持っています。たとえばお母さんが抱っこをしようとしても、乳児は反り返って嫌がります。するとお母さんも、乳児をかわいいと思えなくなり親子関係が悪くなってしまうのです。子どもは母親の表情を読み取るので、母親に近づきがたくなるという悪循環が生まれます。この障害者は、人の気持ちを理解することが難しいのです。

彼はお母さんに対して調べている中で、学童期のいじめのトラウマが解消し、怒りが軽減しました。いじめっ子に対して内観をしているわけではないのに、どうしてでしょうか?さらに就活にも指針が見つかりました。ご本人の言葉をまとめました。


集中内観

私は軽度の発達障害があり、幼少期から対人関係がにがてでした。たぶんその障害のため、お母さんから「かまってもらえなかった」という気持ちが抜けきらず、わだかまりを持っていたのでしょう。今回の内観で、具体的に世話になったことを思い出し「お母さんに守られていた」と感じると、安心感を得ました。

私には、学童期に級友からいじめられていたという思いが強くあり、ずっとそれに囚われていました。直接いじめっ子に対しては内観していませんが、いじめのターゲットになっていたという強い被害者意識と怒りが心の根っこにあったのです。それが「自分の思い過ごしだった」と気付いたのです。

いじめられてはいましたが、仲間にも入れてもらっていたという楽しくって良いイメージが浮かんだのです。母親に対しての学童期のことを内観していると、ふと思いだし、それまでの怒りがおさまりました。

母親の内観中にいじめっ子との和解が出来たのです。それは内観中に聞いた録音テープの中で池見先生が「天地一切の者に感謝できても、母親に感謝できなくては本物ではない」と言っておられましたがその通りだと思いました。

母親を許したときに、全てを許す気持ちになったのです。これまで、他界した父親や職場で懇意にしていた知人に、対人関係が苦手な私は守られていました。社会復帰をするにあたり、もはやその人達がいないとなると、これからの困難が容易に予想されます。

しかしその人達は居なくても、母親や私の廻りにはまだまだ私を支えてくれる方が何人もいます。そして内観という大きな支えがあります。今は、自分のできる範囲の働きやすい職場ならどんなところでもいいと思えます。

壁にぶつかったら、また集中内観に来させてください。